絶滅危惧種の自生地の保護のあり方
石沢 進
最近の気候の変動には、以前より大きいように思われる。地球温暖化への傾向が年を重ねる毎に大きくなるとの報道がなされている。地球規模の変化でなくて身近で起きている現象の観察・記録も重要である。特に生物(植物)の気 絶滅危惧種など特定の種の自生地における保護には、細心の注意で現状維持を保ち、その自生地での遺伝子の撹乱をさけるような配慮が必要である。
多くの場合、絶滅危惧種など貴重種は、広く群生していることは少なく、限られた場所に僅かな個体が見られるに過ぎない。そのような自生地では、自然の推移に委ねて、人為的な影響は極力避けることが望まれる。例えば、貴重種の実生の回りに生育する帰化植物の除草をするなど、生育の障害になる状況を取り除いてやる。しかしながら、貴重種の中には、里山に生育していて、人の土地利用の慣例に伴って生きていた種もあり、自然の推移に委ねることで、消滅する可能性もあるので、種によって保護する手段が必ずしも一様ではない。
人為的に貴重種を増殖する場合にも、最小限の関与に止めることが望まれる。例えば、自然状態で実生の少ない場合は、親株の種子を株の周辺に散布することで個体数の増殖を図る程度に止めて、自生地内に広く散布するよなことは避ける。
また、移植による自生地の増殖する場合は、遺伝的な撹乱に係わるので、基本的には避けるべき行為であり、特殊な場合に限定して行う。例えば、自生地で対象となる種が絶滅した際には、移植の手段で増殖を行う。その場合でも同じ自生地から採取して栽培保存し、遺伝子の汚染されていない種苗を導入することが妥当であろう。種が同じであっても他所からの移入は避けるべきであろう。絶滅したから安易に他所からの同種を移植することも避けなければならない。
道路やダム建設などで貴重種が発見されると、それを保護するために、移植の手段が、しばしば取られている。類似した環境に移植を行い、保護する努力をしている例が報告されたりしているが、簡単には成功しないようである。貴重種だけを保護すればよいではないか、という一般的な傾向であるが、それは賢明な手段ではなく、貴重種が発見されたら、その種の生えている生態系そのものを残す方策を探ることが肝要である。例えば、道路なら法線を変えるなり、ダムならばその生態系を破壊しないような配慮が望まれる。
貴重種に限らず、もともと自生していない山中に、他所からの植物の移植を行うことは、避けるべきである。どの地方にどのような植物が生えているか、つまり植物相を明らかにしておくことが環境保全の場合に大切なことであり、環境影響調査では、それが求められる。自然環境と植物の係わり合を知るには、大切な評価の対象にもなるので、移植による植物相の撹乱のないようにしなければならない。環境庁では特別保護地域に移植した植物を取り除くことを行っている。例えば、苗場山の山頂の池塘にミズバショウが植栽され、その場で繁殖して数が増え始めたので、全ての株を撤去することを行っている。もともと苗場山頂にはミズバショウが生えていなかったからである。自然を美しくとの意図でミズバショウを植栽した、いわばより美しさと楽しみを多くしょうという人の善意での行為であろうが植物相の混乱を招くことになる。特別な山体だけでなく、我々の身近な自然の中に、その土地に生えていない植物の導入は、植物相の混乱を招くことになるので、特別な場合を除き、そのような行為は避けてほしいものである。
絶滅危惧種の生育が確認されたことで、それを売り物にしようと、土地の改変や公園作りなど計画されることがあるが、極力避けることが肝要である。近年、野生植物が注目されるようになり、特定の地域に分布する種が、その地に固有であったり、その地から広く種が紹介されたりしている場合、地域の特色にしようとして、地域の活性化に取り上げていることもある。そのために、自生地における増殖を急ぎ、同種であれば、他地域の種子の散布や自生地で採取した種子を人為的に撒いて苗を生産して移植する行為がなされている。その行為は、地域の活性化には一役を担うであろうが、その土地の自生種にとっては混乱の危険性をはらんでいる。地域の活性化に結びつけて、自生種を取り上げるには、地道な下積みを行い、結果としてその土地に根付いた、正真正銘の特産種とする方が後世に残るであろう。
移植に関する問題点についてまとめると
自生地の遺伝的性質の撹乱:
植物はその生育地で、それぞれ異なった遺伝的な性質を持っていることが一般的に認められてきている。従って播種した種子には、それぞれの自生地の特性を持っている。ある土地から種子を採取して、育てた苗を、別の土地に植えることは、遺伝的な撹乱を起こす可能性が大きい。他の土地で育った植物の移動を避けることが望まれる。
遺伝的な単一化:
ある特定の樹から採取した種子や穂木から増殖した苗は、遺伝的に同じ性質を持っている可能性がある。そのような苗をある土地に大量に植栽した場合には、遺伝的な単一化を帰たす可能性が大きい。病原菌の蔓延により、一度に消滅の危険もある。
自然状態で淘汰される種苗の生存:
人為的に播種して育てた場合、自然状態では淘汰される種苗が生かされる。移植によりそのような種苗から育った成熟個体の野生群落への影響も否定できない。
以上のように野生の集団の中に植物を移植を行う場合には、遺伝子の撹乱を起こす可能性が大きい。兎に角、緑にするために、どこで集めたかはっきりしないが、ドングリであれば何でもよい、という考えで植林を行うことや野生の植物群落の中へ異端者の導入を避けてほしい。以上のように、ある群落に種子を撒いたり、育てた苗木を植林することには、賛成し難い。それぞれの土地に長年生き続けている木々(個体)を大切にしたいものである。
最近話題になっているセナミスミレについて
−セナミスミレの移植による自生地の増殖の可否−
上記のことから、セナミスミレは自生地で絶滅した訳ではないので、移植という手段でなくて、自生地での増殖を図ることが妥当と考える。自生地の遺伝的な特性を温存させて
おく意義と大切さを認識してほしいと思う。
移植する苗が、自生地の種子から育成した場合でも、遺伝的な特性が単一であったり、また、種子を採取した親の遺伝的な特性にも問題点も残るので、自生地近くの移植は避けた方が無難であろう。野生植物の遺伝子撹乱には、特段の配慮が望まれる。
セナミスミレについては、10年前にも本誌に取り上げ、生育地の保存を願っているが、当時から様相が大きく変わっているのは、残念である。
瀬波海岸のセナミスミレを訪ねて新潟県
植物保護 第14号:2-3.(1993)
ユキワリソウ(スハマソウ)の自然集団への移植について
ユキワリソウの乱獲による自然集団の減少を危惧して、山中に栽培した苗を植え込み、かつての野生の状況を復元しようという試みがなされて、新聞などで報道されている例も多い。また、ユキワリソウの生えていない里山に植栽してユキワリソウを保護しようという行為もしばしば話題として報道されたりしている。もともと自生していない山中に安易にユキワリソウに限らず、他の植物を移植することは避けてほしいものである。いずれの行為も自然を大切に「ユキワリソウを保護しよう」という善意のあらわれであるが、種の多様性保全の観点からみると、望ましい行為ではなく、野生集団の遺伝子の撹乱を進めていることになる。つまり、もともとユキワリソウが生えていた集団に、栽培した種苗を導入すると交雑が行われ、新たな遺伝子が加わることになる。野生種の遺伝子保全に逆行する行為になり、折角の善意が遺伝子撹乱につながることになろう。
参考:岩渕公一氏 新潟日報 私の視点「生態系乱す人工交配苗植栽」(2004年4月24日掲載)
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